僕は一度、母にむちゃくちゃ褒められたことがある。未だに忘れられない。なんのこともないことだ。夜11時を過ぎても、母は来客の応対をしていて玄関から戻ってこない。僕はもう眠かったので、玄関までとことこ出て行ってお母さん眠いよ、一緒に寝ようよう。と言ったのだ。それを聞いて客は帰っていった。母は僕をめちゃくちゃ褒めて「ありがとう」と言ってくれた。要は母(未亡人だった)は、あつかましくも夜中に押しかけてきた男に交際というか何というか、つまりは迫られていたのだった。あの当時、未亡人として生きるのは大変だったろう。しかも母は美しかった。あまたの男が言いよってきたがそんなアホどもは歯牙にもかけぬ。だからといって母は女としての喜びを諦めたか? そんなことはない。母にはいつでも恋人がいた。相手の男はそのへんのごんたくれやちんぴらではない。きちんとした男性、そして、常にそれは既婚者だった。母は恋愛遊戯を愉しむだけの美貌と知性の持ち主だった。そんな、女ざかりの知的な女にとって、後腐れなく恋愛を愉しむことのできる既婚男性は最高の相手である。
そんな母に、僕がびっくりしたことがある。突然庭に池を掘り、鯉を飼うと言い出したのである。なんで急に母が鯉に興味を持ったのかはわからんが、とにかく庭には大きな池が出現し、そこにたくさんの鯉が泳ぐこととなった。そのときはたまたま「男切れ」していた時期だったんじゃないかと思う。池を作って鯉を飼うと言ったときの母もまた、エネルギッシュで美しかった。母も美しかったが、母の妹である叔母も美しかった。叔母は、長く独身を貫いていたが最後にはだいぶ年上の金持ちじじいと結婚した。僕の幼少期は、母と叔母という美人姉妹の記憶ばかりであり、男なんぞはまるで登場しないが、それはそれでいいと思う。母親との生活の記憶の数々、叔母と映画を観た記憶の数々、今、それらが胸をよぎって切ない。僕は第二歌集「続安輝素日記」に母を詠った章を設けたいと思う。今から宣言しておくが、「続安輝素日記」が出た時点でこの日記を終えようと思う。
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なかば