№3685 決文句

      決文句      黒田英雄

『さびしんぼう』ゆふべに観た日ひつそりと大林宣彦逝きにけるかも

生きることの厳格(シヴィア)さ死者を慈しむやさしき画面に描き輝らしぬ

大島渚、大林宣彦交互に観るわれの情緒は不安定なり

左翼嫌右翼は勿論大嫌いわれは無翼で生き存へき

絆など持たずに生き来しこの躰(み)には武漢コロナの懐くことなく

家賃保証なくして営業自粛とふ令和はやつぱり冷和が似合ふ

弾まない隣りの会話聞こえ来る互みの帰省語る男女の

福岡と名古屋を故郷にもつといふ女男(めを)の関係読めずに歌集(ほん)読む

帰る故郷(くに)持たざる自由謳ふがに新宿蝉は炎昼に啼く

汗だくの民族移動里帰りいつか潰える時代(とき)の来るらむ

自が論を聞かさむとせば時として空気の読めぬふりもするべし

みそラーメンひとつ入りし籠を下げ老いびと値札をぢつと見つめる

涙出づ眼の按摩(マッサージ)となみだ出づ想ひ出ももう憶ふことなく

下駄履きで迷彩服着た私がフーテン娘と歩く夢見つ

蹴る石のなき舗道(みち)をゆくゆふまぐれかろき沓はく詩人はありや

湯中りを醒ままさむとわれ仰向けに湯殿に寝そべるシェーの姿(なり)して

オッズシートの縦長の紙に古(いにしへ)の手紙(ふみ)綴るがに短歌(うた)書き下す

ベランダに目白とまりて啼く朝ここは新宿まだ此処にゐる

音もなくくづほれたしよ幾千のあかるき窓に見届けられて

〝安全資産としての円が買はれ〟の決文句(フレーズ)がやつと消ゆるか消えてゆくべし

老いさらばえし母の姿を見ることなく一生(ひとよ)終えるを幸とし生きむ

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