№3617 「塔」二月号・陽の当たらない名歌選1~暮れてゆく~

      「塔」二月号・陽の当たらない名歌選1

美辞麗句つらねし書状に封をしてこの友なくす覚悟してゐる 大島りえ子
泣きそうでも教師は教師なのだから渡り廊下を音たててゆく 川上まなみ
バスケットボールのつれてきた風を合図に午後は放課後となる 大堀 茜

試歩といふ言葉の重み思ひつつ手術後最初の一歩をあゆむ 吉田健一
不惑超えなほ三段目にある力士の何を私は知つてゐるのか 新谷休呆
患者老い医者もまた老ゆ診察のたびに分厚きカルテをめくる 矢野正二郎
生活を立て直さむとする人に衣更へいふことばひかえつ 小林真代
窓側が暮れてゆくのにそれでいい私がひとりで残る教室 川上まなみ
歌会後はまたいつものやうに急ぎ足よけいな事をまた言つた 月よ 古賀公子
雨が語を持たざるゆゑか窓に雨みつめてさしも咽喉(のみど)美し 宗形 瞳
壺湯橋渡って浸かるつぼ湯には今も伝わる小栗判官(おぐりはんがん) 北山順子
母と過ごす日々がどれほど残るかを考えて考えまいとする 北山順子
財布からたき火のにおいひろがって十一月のレシートすてる 山名聡美
何があっても、と耳にささやく声が濃いバスの窓でも窓辺は窓辺 大森静佳
らふそくの灯を消さぬやう浴槽にひえびえと身を沈めたる日よ 立川目陽子
石蹴り平たい石の残りおり子を呼ぶ母の声消えし路地 数又みはる

      一首評

窓側が暮れてゆくのにそれでいい私がひとりで残る教室 川上まなみ


 夕暮れは、陳腐な歌の題トップ10の一位とまではいかなくても五位以内には食い込むであろう手垢のついた題材だ。平安歌人も詠んだし戦国歌人も詠んだし江戸歌人も詠んだし明治歌人も詠んだし、はなはだしきはかの笹公人も詠んでいる(笑)。何を隠そう俺様だって何度となく詠んでいる。掲出歌は、教室と夕暮れという最も陳腐になりがちなふたつのお題を扱って、「それでいい」のフレーズで見事に学生時代の、なすすべもなく失われてゆく若さと青春の感覚を詠って秀逸である。学校において男子に比べて、女子が常に成熟して見えるのはなぜだろう。そしてなぜ彼女たちは、あんなにもぴっちぴちに満たされていながら、果てもない喪失感の中に破滅していくように見えるのだろうか。女性というのは、男性の幻想によって消費される空しい彫像なのだろうか。だが、そこがいいという非情な男の子の私がいる。作者は、女教師であり、みずからの力のなさを肯定しつつ夕日を浴びているのだろう。女性はくるしむとき最もエロチックである。そのエロスの横溢した歌である。この作者は、「塔」においては貴重である。

 「塔」作品一欄の劣化がはなはだしい。この結社も、下降してゆくのだろうか。

この記事へのコメント