№3611 痛恨の出来事

私(わたくし)の会ひたいひとは私を知らぬまま皆病んで逝きたり 黒田英雄

 僕は、引きこもりがちな人間であり、人との関係を重視しない。しかしこの僕が、自分にとってのカリスマとも言うべき実在偉人と会う機会がありながらそれを逃したこと、それは痛恨の出来事だと思っている。

 そのカリスマたちのうちの一人は、河野裕子。彼女は、僕にとってどれだけ尊敬してもし切れないほどの大歌人だった。彼女が、「塔」に掲載された僕の歌に目をとめて電話をくれた時にはほんまにびっくら仰天した。〈もしもし。河野裕子です〉。こんなことが現実であるはずがないと思った。僕は咄嗟に、「かかかかかかかかか河野せせせせせせせせんせい、いったいどうなされたのですか」と間抜けな対応しかできなかった。あの時すでに、河野さんは発病、手術、闘病を経験なさっておられたはずだ。声がお元気だったので僕は安堵した。が、それはしょせんは空しい喜びであり、彼女の元気な声は約束された死に向かう前の小康状態のそれだったのだろう。僕は河野さんの作品で、ぜひ自歌自注を聞きたい歌が3首もあった。今となっては夢のまた夢である。もしも僕が河野氏と直に会えていたら、必ずやさぞかし相性のいいツーカーの関係になれていたであろうと、今でも確信している。彼女とはフランクに短歌を語り合えたことであろう。

 もう一人のカリスマは、俳優の佐藤慶だ。関係者を通して、佐藤さんと会えるという機会を掴んだ。その日の来る前に、突然佐藤さん本人から電話が来た。はたまたびっくら仰天のちゃんちゃこりんである。〈もしもし。佐藤慶です〉
 ・・・・・・・・・。もう堪忍して。
 僕は、ひと通りの社交辞令を述べた後、女優Aのことや、男優Bと映画監督Cのこと、ちょっとお聞きしたが、佐藤さんは大笑いして、「キミ映画に詳しいね。僕の行きつけの喫茶店があるから来てください。映画の話をしましょう」と言ってくださった。しかし数日後、仲立ちをしてくれた知人から、佐藤さんの病状悪化を聞いて、それっきりになってしまった。その後間もなく、佐藤さんは逝去された。

 もう、僕の人生は滅茶苦茶。会いたい人にすぐにでも会える状況だったのに、それも叶わず死なれてしまったのだ。河野裕子、佐藤慶はその代表的な二人であり、私の運の無さを象徴する出来事である。会いたい人がどんどん死んでいく。そう、私の運命は、そういうふうに作られているのであろう。

この記事へのコメント