№3596 「短歌人」1月号会員欄秀歌選その175~不幸を笑う韻律~

      「短歌人」1月号会員欄秀歌選その175

子と妻の望んだピアノ届いた日避難指示鳴り洪水告げる 三好悠樹
少しずつ汚れて私の色になる二〇一九年の手帳も 千葉みずほ
陽光の底に拾へる石ひとつ持ちかへらずにもとに戻せり 冨樫由美子

川の面に逆さまに立つ郵便局水をくぐりてレターは届く 佐藤佳子
悲しみより笑いが勝った目が覚めて突然声が出なかったとき 古賀たかえ
非正規の高き時給の広告のページに強き開き癖あり 瑞坂 菜
ひとりなる暮らしにあれば白飯と一種の御数あればよろしゑ 河村栄二
ジンバブエ、ボツアナに知る水飢饉象一五〇頭死すと伝え来 諸岡史子
停電は免れたからと言はれるがサトウのごはん背負ひて千葉へ 清郷はしる
「卵かけご飯は未来に残すべきメニューだ」三ツ星シェフらが絶賛 笹渕静香
あぁこれは発狂に近いアイロンが時折ぶぅ・・・んと唸って止まる 佐藤ゆうこ
竜胆にたまゆら来たる翳りにて紫色はかがやくと知る 川本多紀夫
ただじーっと感じるだけでやり過ごす痛みのように秋が消えていく 笠原真由美
ランドセル借りた三冊の本を入れカタカタ鳴って放課後の道 細谷田鶴
とんがったビジネスシューズはく人は思想哲学われと違える 松村翔太
喜寿なれどはじめてならむ独身の男が恋に苦しむといふ 安達正博
避難所に行くとふ父母を案じつつスマホ見てをり眠る子の脇 桃生苑子
丁寧な手紙をもらふ秋の日の由実(傍点)子とふ誤字も愉しき 冨樫由美子
影絵展めぐれば涙あふれたり心は影で言葉はひかり 冨樫由美子
千の靴持ちしイメルダ一足を買ふときめき(傍点)を知らざりにけり 桐江襟子
蜘蛛の巣にも豪邸のあり光糸ひろびろと張りまなかの雄姿 村井かほる
すっとしたいい男だねと祖母いひし神戸一郎の老後をしらず 田端洋子

      一首評

子と妻の望んだピアノ届いた日避難指示鳴り洪水告げる 三好悠樹

 僕は、歌というのはルポであるべきだと思う。そのままの悲劇を詠っているが、それだけにストレートに心に染みる。子と妻が待ち望んでいたピアノ。お父さんとしては、なんとか家計をやりくりし、あれこれ苦心惨憺し、そして妻と子の喜ぶ顔が見たくて満を持して購入したピアノである。ところがその搬入されるという日に台風が襲いかかり、ピアノの鎮座した家を放棄して避難所に行かざるを得ず、そして家族の夢たるピアノは水浸しになり、一度も弾かれぬままにご臨終となってしまったのであろう。僕は、この冷徹な記述と悲痛な叙情こそが短歌だと思っている。単に事実を告げる、そのことこそが詩なのであり、余計なレトリックや凝った表現など必要ではない。

悲しみより笑いが勝った目が覚めて突然声が出なかったとき 古賀たかえ

 これも、おそらくは病中詠であろう。目が覚めて突然声が出なかった時のことを、悲劇というよりも笑ってしまったという作者のリアリティに詩の心を感じる。ある種、不幸を笑い飛ばすことが短歌なのかもしれない。笑いが勝ったという表現が悲しい。

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