№3595 万歩計と日本的気配りの嘘

 僕は手帳に、いろんな記録を書き続けている。その日の最高温度、為替、NYダウ、アメリカの十年債利回り、ほかほかいっぱいあるが、今一番私にとって大事なのは、毎日外で一日何歩歩いているかという、万歩計の記録だ。これは、記録をつけていると意外と面白い。去年の私の外で歩いた歩数は203万4499歩だった。一日平均、5573歩だ。一日8000歩が理想だが、これは難しい。健康寿命を成り立たせる要因は、足腰の強さ。とにかく、歩けるということだ。若いころより今のほうが、僕はルーズではない。とにかく、できるだけ歩こうと、しかも早く歩こうと心がけている。ふくらはぎの肉は、若いころよりついている。筋肉は、動かさなければだめになる。喉もそうだ。しゃべらなくなったら、喉の筋肉が衰えて声が細くなるという。皆さん、一歩でも多く歩いて、そして喋りましょう。この条件を満たすのは、働くということであろうな。健康であるうちは、働くことのできる環境、それを整えることこそが、日本の長寿社会の有効な手段だろう。長寿社会に対する安部政権の対策は、僕は正しいと思う。実際、年金を受け取るなら、90から100までの十年間の間だ。それまで健康な体であれば働くべきだと僕は思う。

 今日、新国立競技場について面白いことを聞いた。あそこの席、異常に狭いらしい。
トイレに行くのにも、その列の人に全員立ってもらわなくてはならんほど狭いそうだ。僕は、およそ、温泉でも、映画館でもそうだが、トイレの狭いのには最も腹が立つ。映画館では腰が痛くなるし。旅館のトイレはしばしば狭すぎてふんばることができず、排便できない。それもこれも、私の身長が180センチとおおかたの日本人より少しだけ高いからだが、これが外人が大挙して訪れるオリンピックとなったらどうするつもりだ。172センチの人ですらきついらしい。日本らしいよまったく。いや、今でこそ日本人は気配りがあるだの優しいだの言われてるが、前のオリンピックのころは野蛮で粗暴で民度が低くてどうしようもなかった。そのころに後退したような、ハード面での低劣さが露呈している。しょせん日本人の民度の上昇なんぞ幻想でしかなく、ひたすら政治屋と土建屋のそのとき任せの利益追求に追随するしかない惨めな国民性だったのだ。その象徴が令和五輪だ。なんの意味もない、スポーツ業界とゼネコンの利権のためだけのオリンピックだ。ボランティアの扱いがまたひどい。開会式は早朝から働かなくてはならないため、終電で現場に来い、しかも寝るとこがないもんだから、「一晩じゅうお互いの士気を高めてろ」とのお達しだそうである。どこの大東亜戦争だ。バターン死の行進か。おまけに開催中は、スポンサー以外の商品をネットでホメたらあかんというお達しだそうである。いったい誰のためのどこに向けてのオリンピックなのか。

 儲かるがゆえに、スポーツ業界というものが盲目的に発展し、テレビは最低限の視聴率が稼げるもんだからスポンサー様並びにスポーツ業界を決して批判しない。その最悪の結果として生まれたのが令和五輪だ。この、運動はしないでくださいと気象庁が警告するほどの真夏の天気のさなかに走ったりジャンプしたりするというキチ×イ沙汰を決して神はお許しにならないだろう。令和五輪は、大惨事になること必至である。この五輪が何らかの歴史的意義を持つとすれば、真夏、それも亜熱帯地域でのそれは、未来永劫開催を封印されるであろうということだけだ。2020年、この一年は日本のもっとも長い一年となるであろう。

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