№3572 「塔」11月号・陽の当たらない名歌選2~シンデレラ伝説崩壊~

     「塔」11月号・陽の当たらない名歌選2

少しずつ祖母の手に似てくる母の手だ 僕はそろそろ家を出ていく 川又郁人
手品師と手品師の結婚式の客席すべて白い鳩たち 鈴木晴香
あきらめることも大事と娘に言えりあきらめることは放たれること 谷口美生

もうあまり泡のたたない石鹸のうすさのようなメールを返す 紫野 春
かんかんと記憶の底の踏切の単線のさき晩夏のひかり 古賀公子
召集令が終戦ののち来しことも運命にして今卒寿越す 荒堀治雄
無職より主婦と書いときと娘の言う若い女性の憧れの職と 白波瀬弘子
夕焼けを見ているような眼差しで病室の友は手招きをする 中野敦子
七月十四日早朝(あさ)レモンの看取り終へしときラジオに流る巴里祭の日と 木下冨貴子
その母のいまはの顔のうつくしさ皮膚なきももいろ父は忘れず 栗栖優子
怯えつつ子を叱りたりゆらゆらと島らっきょうの天ぷらの湯気 神山倶生
何もかも失くしてもまだ残るものそれが未来とメモに教わる 北山順子
あと何枚でぼくの時給を超えるのか 回転寿司の豪華さびしゑ 宮元背水
そのかみに伝令という仕事ありスマホ離さぬ人ら知らずも 小澤京子
胸に棲む小鳥に餌をやるようにステロイド剤深く吸いこむ 佐藤涼子
旧仮名を何故選びしかと問はれたり 母の手紙の「さやうなら」好き 河上奈津代
悲しみは一気にこない一日に一匹ずつ死ぬ屋台の金魚 北野中子
そば屋にてそうめん頼むおじいさんのおかげで見られたそば屋のそうめん 北野中子
来ては去る若き男性管理職を「好きになるのもあたしらの仕事」 尾崎智美
修繕の費用は片手と棟梁言う夫は五万と吾は五十万と 望月淑子
ずんずんと雲うごきたり「非正規」に替わる言葉をさがす束の間 亀海夏子
疎開地で貪りはみし山桃を人が車が踏んで過ぎゆく 山田精子
溜息をついて自分の手相みる占い師あり「石切さん」前 王生令子
嘘をつく女はとことんウソをつくサルスベリの花動じず見ており 川並二三子
盗人が屋根の修理をするような気持ちで母の肩叩きする 松岡明香
言い換えればそれはやさしさかもしれぬ家族の無関心に傷つく 山上秋恵

      一首評

無職より主婦と書いときと娘の言う若い女性の憧れの職と 白波瀬弘子

 アイロニーに富んだ、実に面白い歌だ。かつて女性たちは、職業を持った自立した存在になれば自由や快楽が手に入ると思っていた。男がそうしていると見えたからだ。だが実際に自立や職業を手に入れてみると、そこに待っていたのは搾取と奴隷労働だけだった。今や専業主婦は憧れの職業であり、専業主婦を養える夫は憧れの王子様である。しかし、そのようなシンデレラ伝説は成立しない。夫婦揃ってブラックな労働環境で身をすり減らさなくては衣食住もままならない。「職業を持つ」なんぞという聞こえのいい言葉ではない。こういうのは「働きに出る」と言うのであって、労働の誇りなんぞはカケラもない。男も女も等しく、惨めな奴隷労働者であり、そこに尊厳の介在する余地はない。

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