№3562 「短歌人」11月号会員欄秀歌選・その173~夜と朝~

      「短歌人」11月号会員欄秀歌選・その173

このままでいたいと思う夜もある これじゃダメだと思う朝もある 上村駿介
モロッコに行つたことはないけれど死にたいモロッコのような夕焼け 千葉みずほ
老いてなほわれに許せぬ友ひとりわれを許さぬ友ふたりをり 古川陽子

韻律であなたを刻む沈黙しやがては眠る前頭葉に 高良俊礼
石投げた波紋が鯉を驚かすけっしてヘイトスピーチじゃない たかだ牛造
肝心の主語がきこえず「たいへんね」話をあわせて別れゆく駅 高橋れい子
「年金で子の年金を払うのよ。」友は家計を笑って語る 山田 泉
ささやかな菜園荒らすカラスどもの卵を喰はむ、卵かけご飯にして み の 虫
何時からを老後と呼ぶのか分からない海辺の町の桃食べている 小原祥子
まだ親しくなかったころの友達のメールを読み返す夏の朝 相田奈緒
日本語を母国語とするわれと君 何ゆえならん会話通じず 葉多麻美
さよならの回数券を使い切り一人旅に出たい夕暮れ 小笠原啓太
バンドせぬズボンのやうなわが過去よヌーボーと呼ばれし若き日のあり 矢野義信
きぼうとかみらいとかひらがなで書くときに生じるずるさを咬みしめている 高橋小径
真夜中の二時にお風呂に入ったとひとり暮らしに慣れきし叔母が 細谷田鶴
たれこめし雲間にのぞく陽のめぐみ頑なとうはやっかいなもの 金子美恵
法師蝉遠くに聞こえ病床の夫の温もりまた触れにいく 並木文子
万霊節めぐりくるたび思ひ出す夢にあを猫飼ひならす人 川上幸子
認知症に全てを忘れし友八十路ぼーっと生きてきたわけじゃない 高橋寿美子
よく冷えた水羊羹のまん中の小豆のように夏のひとり居 山中もとひ
炎天の佐世保の海に二十日余をリバティ船の船底(そこ)に過ごしき 吉田郁子
あらくさのあをあをしげるあをくさいことをいつまでも言つてゐたいよ 冨樫由美子
音楽をかけたりせずに一人分の肉を炒める音だけ聞こう 柳橋真紀子

      評

ささやかな菜園荒らすカラスどもの卵を喰はむ、卵かけご飯にして み の 虫

 作者はおそらく、かなりなご年配のかたであろう。それだけに、彼女の持つ情念の密度は濃い。結句に呆然とする。誰が、カラスの卵かけご飯を食べたいという発想を持つだろうか。生きとし生けるものは食わなくてはならず、そこに倫理や同情が入り込む余地はない。たとえば肉食を是とする者と非是とする者がいるとして(現にいるわけだが)、彼らの論理を支えるのは、前者においては「この地上における全ての生き物は互いに感謝の念を捧げつつ食されるべき」という言い草であり、後者においては「感謝の念があるとかないとかではなく、殺して食べるのは全て虐待であり差別である」という思想である。どちらが正しいとも僕は言わない。ただ、この歌の中にこめられた、感謝もクソもあるか自分の畑を荒らしやがって。という感情の赤裸々な露呈に、菜食肉食を問わず綺麗事で塗り固められた外野の物言いが無化されることの快感を味わうのみである。「人間は倫理的な存在である」というのが、肉食肯定派と否定派、両方の持つ論理であり、この歌の前に、それは見事に粉砕される。

このままでいたいと思う夜もある これじゃダメだと思う朝もある 上村駿介

 シンプルだが、実にいい歌だ。人はみな、こういうことを思いつつ、だらだらと生き続けるのだ。僕の場合は逆で、朝はなんとかやっていけるんじゃないかという希望を持って目覚める。秋はしんどい。五時にいつも目覚めるからだ。まだ暗いときに目覚めるのは実に悲しい。j悲観的なことしか浮かばないからだ。人は眠りのときと目覚めのときの繰り返しで生きている。その繰り返しの中で、幸せと悲しみを抱きつつ生きている。このままでいたいという夜と、このままじゃダメだという朝。とってもしんどい軋轢だが、その中で人は生きていかざるを得ないのだ。生まれてくることというのは、実に悲しい。このままでいたいとこれじゃダメだという思いの相克の中で人は一生(ひとよ)を終えていくのだ。秀歌である。

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