№3561「時をかける少女」

 もう、現実を見るのはうんざりする。来年の東京オリンピックの馬鹿騒ぎ。私は、現実逃避したい。その一番の手段は、「時を超えた恋愛」ネタのロマンチックSF映画に浸ることだ。NHKの「東京ブラックホール」はよかった。「ビーマイビー」を伴奏とした、ケンジと小雪の時空を超えた恋愛に涙した。50年後にケンジは恋人と再会し、小雪のことを描いたマンガを手渡し、小雪は涙する。感動した。

 時空を超えた恋愛映画の傑作といえば、まず筆頭は「ある日どこかで」。監督のヤノット・シュワルツ(ジャノー・シュワークという表記もあり)氏は、ジョーズ2とかスーパーガールとかとにかく駄作専門監督で、傑作はこれ一本しか撮ってないという不思議な人物だ。しかもその一本が名作中の名作ときている。心がとろけるほとの美男美女の、時空を隔てているが故に決して成就しない、しかし死を超えて結ばれる恋愛というものを描いて、これほど美しく切なくこころに迫る映画がまたとあろうか。まだ観てない人は今すぐ観るべきである。観てほしい。観なさい。観ろ。劇中使われるラフマニノフの一番がまたたまらないし、ファッションにも陶然となる。主人公もヒロインも、そして悪役までもが陶然とするほど美しい。

 「東京ブラクホール」に触発され、今一度見直そうと思った日本映画があった。大林宣彦監督の「時をかける少女」である。これも実に切ない、タイムワープ恋愛映画だ。音楽がいい。〈愛の実りや海の底〉と歌われる挿入歌がもう胸にぐっと来て、泣けてしょうがない。なんと、大林宣彦おん自らの作曲。この映画のいいのは、過去の記憶というものが、自分の心の空隙を埋めるべく、改変されていってしまうという無常観だ。僕の子ども時代の記憶も、しっかり覚えているが、すべて、線では結ばれていない。それは多分、僕自身が僕にとって、好都合の記憶の産物なのだろう。「時をかける少女」の悲しさは、SFでありながら、幼い恋愛が持つ、永遠に変わって欲しくない記憶の凍結への願望を観る者に思い起こさせるからであろう。だからこの映画は、むちゃくちゃ懐かしく、かつ悲しいのだ。「東京ブラックホール」を観なければ、「時をかける少女」を再び観ようとは思わなかった。この二作品は、極めて優れた恋愛映画である。あれから十指を数えるほどのバージョンの製作された「時をかける少女」だが、大林版こそは永遠の最高傑作である。入手容易なソフトなので、読者諸賢にはぜひ観ていただきたい

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