№3552 「塔」10月号・陽の当たらない名歌選1

      「塔」10月号・陽の当たらない名歌選1

もう誰も幸せじゃない日本で年金手帳の青のさわやか 落合優子
一年中なりつづけている風鈴にまた夏がきて夏の音する 岩尾美加子
鬼となりはてるまで怨みたるゆえににっぽんの鬼の面のさみしさ 三浦こうこ

ささやかな一生なればささやかな歌集一冊遺そうと思う 川俣水雪
運転手募集のポスター男性の写真と女性の小さなイラスト 田宮智美
「同情はもう愛情なんだよ」と若い母から教わった夏 黒川しゆう
夏野菜煮込んで色をころしてく 置いてきぼりでよかったのにな 椛沢知世
孫五人の友の家族の中にいて我しか知らぬ君を話せり 加藤武朗
継ぐ人の無くて荒れ地となりし畑「子だから土地」の看板が立つ 橋本成子
犬の仔が水飲むやうな音のして ふりはじめの雨 雨ふりはじむ 高野岬
背を丸め妻が衣類を畳みをり低く何かを呟きながら 益田克行
妻と子の会話の中にわれの事きっとないだろう誕生日の夜も 澁谷義人
紋白蝶によく会う初夏だ糸屑のような軌跡に時間が止まる 小川和恵
祈りとは痛みであれば蝉の声が肺胞にまで浸食してゆく 小川和恵
職場からアムスメロンを持ち帰るヒトの頭を下げる重さに 佐原亜子
手の皺のふえて老婆になることもわびしからざり ねえマンドリル 黒沢 梓
娘に過ぎし十年の日々思ふなり皿洗ひなどして帰りゆきたり 嶋寺洋子
わたるとき橋桁をおもふことはなく 居場所のなかつたころの細波 西村玲美
縄文人と弥生人のような争いが庭を巡りて夫となさるる 橋本恵美
12345.jpg

この記事へのコメント

  • kankikoh

    娘に過ぎし十年の日々思ふなり皿洗ひなどして帰りゆきたり 嶋寺洋子

    嫁いでもう10年にもなる娘が里帰りしてきて別に愚痴をこぼすわけでもなく数日を過ごし帰っていったのですね。その年月の間には決して楽しいことばかりではなく、乗り越えねばならない大小の波に揺すぶられたことでしょう。母はその詳細をつかんでいるわけではなくとも自分の人生と重ね合わせてしみじみとした感慨に浸っています。「皿洗いなどして……」娘は特に何を意識するまでもなく自然に食後の片付けをしただけなのでしょうが、母はその背中に娘の自立心や情愛の深さを感じ取ったのではないでしょうか。
    2019年10月25日 16:21
  • ひでお

     僕は「父と子」より、「母と娘」の歌のほうにドラマを感じます。父と子なんて、単純でつまんない。母と娘の世界にこそ、鬱屈した短歌的ドラマ性を感じます。僕が成瀬巳喜男の映画を好きな所以です。また僕自身、父とか、父親的誰かとか、行動のモデルとなる男性とか、そのような物を全く必要とせずにこれこの通り立派に成長しました(笑)。この歌は、僕に強いドラマ性を感じさせる名歌だと思います。
    2019年10月25日 22:22