№3531 令和五輪~絶望の響き~

 目覚めたらヘリコプターがぶんぶんとうるさいので、何でやねんと思ってテレビをつけたら、今日はオリンピックのマラソンの最終枠を巡っての予選大会で、男女各一名を選ぶためのレースが開催されているのであった。もうヘリがうるさくてしょうがない。新宿からレースが離れたらヘリの音も収まったが、またゴールが近づくにつれてうるさくなった。来年のオリンピック、俺は新国立競技場のそばに住んでいる。もうこの騒音で新宿区民は泣くであろう。多分区民の大半はオリンピックに反対だろう。俺はマジに来年、開会式と閉会式には東京を脱出しようと思っている。この近所の新宿区民はいったいどうするつもりなんだろう。

 今日のマラソン大会を見て、僕は基本的な疑問を抱いた。なんで人は、42・195キロなんぞという距離を走って争うことに血道を上げるのか。わからん。もちろん、なんでこんな事をと言い出したらそれはすべてのスポーツに当てはまることだが、ことマラソンに関しては、酷暑の夏で開催されるだけに尚更その感を強くした。今日マラソンを見て、観客は何を思ったであろうか。楽しめたという奴はサディストである。僕はただただ、ランナーが可哀想で痛々しく思いながら見ていた。誰も死ななかったのは、今日の気温がまだ低かったからだ。夏も終わりだし、湿度も低いし、体感温度はかなり低かっただろう。何故なら、それまでが凄かったからだ。男子マラソン、来年は八月九日。今年のこの日の気温は35・6度、湿度60%。早朝に行なわれるらしいが、体感温度は大して変わらない。クーラーなしで生きている私は、午前五時六時の暑さを十分知っている。マラソンは地獄絵図となるであろう。では他の競技はどうかというと、水泳競技の行なわれるお台場の海はくさい。何の対策もしていないのだ。「いだてん」ではない。「いだてん」の顔は嘉納治五郎である。令和五輪の顔は、ロウはロウでも森喜朗だ。令和五輪は日本の信用を失墜させる大惨事となるであろう。

 僕は、日本の報道に対して頭に来た。テレビもそうだ。今日のトップニュースは、マラソンで誰が選ばれたかなんぞではなく、サウジアラビアの油田が、ドローンによって爆撃されたということだ。夜七時のニュースで初めて知ってびっくらこき、恐怖を覚えた。犯人はわかっていない。これは市場を揺るがす大事件であり、日本にももちろん関係がある。五輪の代表が誰かなんぞは全くもってどうでもいいことだ。僕が怖いのは、令和五輪の最中に、日本国内で大災害が起きたり、国際的な大事件が起きたとしても、それに関しての報道が抑圧ないしは自粛されてしまうのではないかということだ。日本のテレビ局のうち、一局だけでも、五輪開催中に、それとは関係なく本当に重要なニュースを流してくれる局があって欲しいものである。令和五輪には何の意味も意義もない。大震災を初め、最近の千葉も含め、被災地の復興を妨げているのは令和五輪である。五輪の工事のために被災地まで人手が回らないという悲惨な状況が続いている。来年の夏は悲惨なことになるであろう。令和五輪という言葉の響きは、こうして見るとどことなく冷たく、絶望の予感をはらんでいる。

この記事へのコメント

  • きれいな先生もういない

    8月に運動会やるのは世界中だいたいきつい。アメリカは人を殺し続けて繁栄スルー。
    2019年09月16日 05:55