№3529 「短歌人」九月号秀歌選その171~叶わないことの輝き~

「短歌人」9月号会員欄秀歌選その171

叶わない願いの重さ短冊は土砂降り雨にまだ濡れたがる 高良俊礼
腹ゆすらるる雷鳴に目醒め身を起す部屋うちひとり常の静寂 鈴木裕子
天婦羅のあぶらに濡るるくちびるに死者を語れり通夜のわれらは 堀江襟子

いねがてに独り身の息子(こ)の末思うとりとめもなく短夜ふける 滝川美智子
ヤジロベエの弱き姿勢でお辞儀して共によろける同窓会なり 大鋸甚勇
思ひきり手を振りたれば上諏訪のプラットホームに日照雨降りくる 尾沼志づえ
恋狂い役者狂いもせぬままに第四コーナーひっそり廻る 高橋れい子
あじさいの萼うらがえり近づける七夕の空はいつも不運で 村井かおる
やりなおす意味さえなくて遠い街はなんてやさしく見えるんだろう 笠原真由美
期日前投票に行く区役所の座ったままのでかい老人 山川 創
石と石ぶつかりあって丸くなる諍いある午後河口歩きぬ 木村昌資
好きなだけ旅に出たいとみずうみの水面ゆらさぬほどの問いかけ 高橋小径
NO ABEとリュックサックに貼り付けてどんな職場へ向かうのだろう 朝倉 洋
家族には大人の会話というは無しいつでも誰かが子供の役目 山中もとひ
母との「仲直り」は深い静かな湖面のような眼差しであった 中井 青
産まれたる子牛の記憶はいつまでも農学生の手に残りたり 永岡ひより
あさつては処理場へ往く母牛に「ご褒美だよ」と牧草たつぷり 永岡ひより
農学生の九十度よりも深き礼足下の土が涙に濡れる 永岡ひより
六歳の不思議さ愛(かな)し かっとなり頬打った後も慕われていて 三好悠樹
日当たりを好む蜥蜴よそこいらが居心地の良い中道右派かな 川村健二
日の出前に目覚めて何か求めゐて抱かれるごとく「ヘイジュード」聴く 鳥塚 力
怒られることを期待しいたずらをする子のような夕立来たる 桃林聖一
いもうとを亡くしたといふ少年が座布団に子を丁寧に置く 桃生苑子

      一首評

叶わない願いの重さ短冊は土砂降り雨にまだ濡れたがる 高良俊礼

 七夕の短冊をテーマにした面白い視点の歌だ。そもそもこの世のどこのどいつが、薄っぺらな色紙に願い事を書いて竹の葉っぱにくくりつけて、それが願うと思うだろうか。図書館やスーパーに、七月ともなるとこれ見よがしにそれ用の模造竹と色紙が並べられ、ことさらに幼稚な字で「うちじゆうえがおでいられますように」だの「ポケモンがじようずになりますように」などと書いた紙がぶら下がっているが、書いた当の子供ですらそんなおまじないを信じてはおるまい。「子供は子供らしく無邪気に」という大人の期待に応えてそうした幼稚なことを書かざるを得ないのだ。本当のところは、五歳六歳の子でも願うのは「一攫千金」とか「一生ニート」とか「うざい家族氏ね」とかそういうことのはずで、そうした本音をさらけ出せない子供というのは、つくづく不幸な存在である。竹に提げられた素朴な願いは、素朴であるが故になおいっそう、「ささやかな幸せ」などというたわけた願望が烏有に帰すことを約束されている。雨に濡れ、風になぶられしおたれて身もだえするとき、希望は単なる希望でしかないという輝きを放つであろう。そう、言うなれば、誰も渡ることのないまま両岸の集落が崩壊してしまった橋のように、その純粋さを際立たせるであろう。希望は、あらかじめ潰えることを約束されたときにこそ最もドラマチックに輝くのである。叶ってしまえばそれはただの現実。叶わないことの輝きを彩るのに、叩きつける土砂降りはいかにもふさわしい

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