№3515 短歌人八月号会員欄秀歌選その170~失望こそが真~

      短歌人8月号・会員欄秀歌選その170

あのひとはきっと変わらずにいるだろう 失望という別れかたをした 笠原真由美
帰り道見失った子のように知らない街の夕暮れが怖い 亀尾美香
すこしだけ降つてる雨を傘にきく昔むかしの讃美歌みたい 冨樫由美子

土鳩鳴くポッポーポッポーのリフレイン山(やま)紫陽花の季(とき)も過ぎゆく 渡部亜矢子
その母を喪主として世を去りにけりまじめにふざけた橋本治 高橋小径
鍵穴にすっぽりはまる暗闇を追いだすことの出来る合鍵 田上暁子
花の香に道知らされて朧夜のふわりゆらりと帰りつくまで 田中佐智子
新幹線の隣席となりし男性が「癌」の本繰る指ゆっくりと 三好悠樹
杉田から蒲生村まで疎開する窓からリレーで汽車に乗せられ 中井 青
錬金術極めえずして能書きの質実剛健自虐のくらし 川嶋忠雄
庶民にはあまり使わぬ「令」の文字わが家に残る赤き令状 加藤高明
老犬のやっと歩める腰支えゆっくり道をわたりゆく女性 田中利加子
ない脚にハイヒール履くトルソーに明日へと向かう足音を聞く 佐藤佳子
かすかなる記憶のかなたに生きてゐる左卜全の口角の震へ 保里正子
六月はなつかしい月なにもかも生まれるまへを思ひ出させて 冨樫由美子
跳ね橋に見とれておれば転びたる老人のいてあわれわが夫 村井かほる
錆びゆけるトタンの色のかなしさに寄り添ひながらバス停に立つ 鶴羽一仁
口を継ぎ出るに任せる「ありがたう」言葉の情のゆくへ知らずも み の 虫
死ぬ振りをして竹節虫の死んでおる これ安楽死やも知れず 大鋸甚勇
「芸術は短く貧乏は長し」なる直木の文字が碑に彫られをり 川上圭造
「じゃあ また」と別れの背(そびら)見送るも再び会えることなき予感 高井忠明

      一首評

あのひとはきっと変わらずにいるだろう 失望という別れかたをした 笠原真由美

 おおよそ、恋愛とか友情とかいうものは、大いなる誤解によって成り立っている。たとえば思い込みだ。この人はこういう人なんだ、こういう性質なんだ、と思い込んで陥った恋愛は必ず破局する。それはそれでいいのだ。綺麗な思い出のままで終わるからだ。要は、勘違いによる恋愛の思い出ということだ。僕も何度も失恋したが、中学、大学時代に失恋した相手を、今思えばそれでよかったと思う。仮に、彼女たちの誰かと結婚したとしたら、一ヶ月で離婚したと思う。しかし、思い出は常に美しい。勘違いのままその人を愛し、その人と一緒に過せるならと思った青春時代を送ったから。この一首はシビアでリアリスティックだ。下句、失望という別れ方、という表現が凄い。深い仲になって男の地金が見えたのだろう。それが上句の皮肉として効いている。男の本質を見た作者は、決して向上することのないであろうその相手に対する軽蔑をプライドに変えて、生きていくことができるのだ。
 僕の過去付き合っていた女性も、僕というロクデナシの本性を見て失望し去っていったのであろう。恋愛とは誤解なのだ。僕はいつも誤解されながら愛されている。僕は、ロマンチストなどではない。浅ましいまでのリアリストである。僕の本性を知った女性が思うのが、この上句の「あのひとは変わらない」という冴え冴えとした失望なのである。女性は僕のことはいつも誤解する。このシェリーかバイロンのような容姿が災いして、繊細な文学青年のように思われるのだが、実際の僕は文学のぶの字も知らないど助平な金の亡者でしかない。僕は、徹底したリアリストであり、身もふたもない資本主義者であり、到底ロマンを求める女性の要望に応えられるものではない。この歌は実に面白い。かつての恋人たちがなぜ去っていったかを僕に実感させてくれた。下句の皮肉が絶品である。

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