№3303 有望な歌人が消えていく「塔」~私だけの記録66~

 妻が、短歌の結社の全国大会に出席のため、私一人の夜である。一人になったとき私は、古い「塔」のバックナンバーを読むことを習いとしている。今日たまたま手にしたのは、2005年7月号である。この号は何と、「若葉集」が始まった号だ。なかなかい歌が採られている。しかし、私がいつも思うのは、なんで「塔」短歌会では、有望な歌人に限って消えていくのだろうということだ。この号でも、私が注目した歌人が何人もいるが、揃いも揃ってみんな「塔」を辞めてしまった。「塔」という結社は、真の実力ある歌人を潰すことにおいては歌壇においてひけを取らない。それほどまでに、せっかく入会した優秀な歌人が矢折れ力尽き、「塔」を去って行く。

 「塔」は、今現在会員の数こそ着々と伸ばしているが、その実情たるや、ロクな歌人がいない。2005年当時の結社誌はまだマシだった。私が名歌選を編むんでも、非常に時間がかかった。しかるに、今や何たる惨憺たる仕儀に陥ったことか。会員数は増えたが、ロクなのが入ってこない。「塔」とは、そして短歌結社とは、とつい深遠なる疑問に思いをはせてしまいたくなる。私に言わせれば、有能な歌人を引き立て、歌壇に打ち出すだけの見識ある選者は、少なくとも「塔」には存在しない。選者であることにあぐらをかいてるんじゃねえ。「塔」の選者には、僕のこの言語能力の限りを尽くして批判したい連中が山ほどいる。俺の怒りが沸点に達したとき、彼らは地獄で報いを受けるであろう。「塔」というのは、有望な歌人を誘い込んでは殺す、最低の結社である。何人の有望な歌人を退会させれば気が済むのか。「塔」に残って、全国大会で集合写真に収まってるのにロクな歌人はいない。私が顔を見たいと思う歌人はほんの少数だ。その少数がみんながみんな「塔」を辞めて行く。河野裕子亡きあとの「塔」は、文学的廃墟と呼ぶべきだ。彼らに、将来の歌壇を背負って立つ優秀な歌人を選び出す力などない。孫がどうした花が咲いたレベルの、文学的な覚悟のないぬるい日常のスケッチで俗人に媚びるような歌もどきばっかり持ち上げやがって。本当に、「塔」の歌は劣化した。その責任は選者たちにある。私を選者に指名しろ。お前らよりはるかにいい歌を選ぶと自信を持って言う。優れた新人を選ぶ目において、私に勝る者はない。お前たちはそれを肝に銘じるべきなのである。

水無月再生マイビデオ
5日「竜馬暗殺」1974年、同人社=ATG 黒木和雄
https://www.youtube.com/watch?v=llEymU15uq8
11日「山椒太夫」昭和29年大映、溝口健二
14日「ボクサー」1977年東映東京、寺山修司
16日「日本の悲劇」昭和28年松竹、木下恵介
18日「文学賞殺人事件大いなる助走」1989年アジャックス、鈴木則文
https://www.youtube.com/watch?v=XNdzrt_cbfI
22日「晩春」昭和24年松竹、小津安二郎
25日「酔いどれ天使」昭和23年東宝、黒沢明
27日「隣の八重ちゃん」昭和9年松竹蒲田 島津保次郎
28日「人情紙風船」昭和12年PCL=前進座 山中貞雄
30日「異母兄弟」昭和32年独立映画 家城巳代治

この記事へのコメント

  • kaoru

    「塔」選者の主催する教室に通っています。選者自身についての批判は留保しますが、問題なのはこの選者にべったりとくっついている「塔」の会員。選者と親しいことをかさに着て、新たな参加者には保護者面をする、年配の女性たちに関する侮蔑的なことを陰で言うでほとほとうんざりさせられます。その幼稚なナルシズムと来たら、これが年齢を重ね社会人も経験した人間かと疑いたくなるばかり。黒田さんの記事を読んで「塔」から有望な歌人が退会してゆくのもむべなるかな、という気がしました。河野裕子さんが亡くなってからその傾向が強まったそうですが、それだけ河野さんの実力に「塔」が寄りかかっていたということでしょう。
    2018年07月04日 15:57
  • ひでお

    kaoruさん、よくぞ声を上げてくれました。なるほどなあ、と改めて思います。おっしゃる通り、茶坊主と文学気取りの落ちこぼれ中年似非文学者集団なのでしょう。本当にいい歌人から率先して辞めていくんだもんね。僕がぜひその素顔を知りたいと思う歌人は、一部を除いて「塔」に写真が載ることがないのです。河野裕子なき「塔」は、僕にとってはすでに終わっているのです。なんでこの結社は俺を利用しないのだろうか。俺を結社の中心に据えればこの結社は名実共に、本当の隆盛を迎えるというのに(笑)。
    2018年07月04日 23:42
  • kaoru

    ひでおさん、res有難うございます。誤解のないよう申し添えれば、この歌人に関しては、誠実で少しでも私たちを進歩させようと努力してくださる方として尊敬しています(時として考え方の違いを感じることはあっても)。問題はこの「茶坊主」で、この人さえおとなしくしてくれれば教室もずいぶん居心地が良くなるのにと思うことしきりです。ひと昔前の文学青年崩れといった時代遅れのメンタリティーの癖に、やたらと政治力を発揮したがるんですよね。河野裕子さんはやはり素晴らしい歌人でした。彼女の後継者はなかなか出ないでしょうね。
    2018年07月05日 17:57
  • ひでお

    河野裕子の後継者の出現は、そう、難しいというか、僕は正直、ほとんど不可能だと思います。ああ、僕の後悔は、せっかく「塔」に入会したのにまったく彼女と話す機会がなかったということです。kaoruさんは河野さんと直接お話しされたことがあるのですか? だとしたらなんと羨ましい。僕は、河野さんと、田中雅子の「令月」について、夜を徹して語り合いたかったです。
    2018年07月05日 23:30
  • kaoru

    残念ながら私は河野さんとお話したことはないのです。だいたい私自身、「塔」の会員でもありませんから。ですが河野さんと交流のあった方の思い出話は伺ったことがあります。晩年にはずいぶん精神的に不安定でいらしたようですが、それも大きな才能の裏返しかもしれませんね。
    2018年07月06日 17:45
  • ひでお

     確かに、河野さんは相当に繊細なかただったと思います。彼女の話し方でわかりました。永田紅さんは、ほんと、河野さんにそっくり。話し方が似ててびっくりしました。未だに僕は、河野さんがこんなにも早く世を去ったことを信じられずにいます。
    2018年07月06日 21:48
  • kaoru

    河野さんは「日本の母」とでも呼ぶべき「地母神」的な包容力を備えた方のように感じていましたが、同時にとても繊細な方だったのでしょうね。今の政府の政策は女性に対し子供を産み、しかも仕事をしろと強要していますが、これは長らく続いてきた「日本の母」的なものを社会から駆逐するような行為のように感じます。私の主観的なコメントになってしまい、すみません。永田紅さんはお母さんの感受性を受け継ぎ、頭脳明晰で素敵な女性だと思います。
    2018年07月08日 11:59
  • ひでお

    河野さんは、確かに母性的な人物だったでしょうが、「男は仕事、女は家庭」という強制された役割分担を受け入れるような、体制翼賛型「日本の母」とは違うと思います。仕事を持ち、歌を作り、道ならぬ恋をし、時局に逆らい戦争反対の詩を作った与謝野晶子もかくやの、「行動する母」の力強さを僕は感じます。現在の政府がやろうとしていることは女性を「働きに出す」ことであって「職業を持たせる」ことではありませんが、僕はそれでも、働く女性のたくましさにこそ母性的な強さを感じるのです。母性の強さを詠い、戦ったのが河野裕子なのではないでしょうか。日本の女性は、夫婦別姓というこんな基本的な権利すら認めようとしない政府に対してもっと怒るべきです。あって当たり前の制度なんですから。河野裕子の母性は、日本人の全てが受け入れることのできる強さと弱さを象徴した知的財産だと思います。
    2018年07月08日 22:04
  • びこ

    同感です。

    最近の「塔」の作品群は品行方正な面白くない歌ばっかりです。

    最近の「塔」の選者は、自分に自信がないため実力のある会員をわざとに冷遇しているように見えるときもあります。

    また実際、最近の選者群にろくな人がいないです。

    「塔」には、今後は、河野裕子さんのような情熱歌人は現れないかと思うと絶望的になります。
    2019年07月31日 16:38