№3247 「塔」三月号・陽の当たらない名歌選その1~とりとめもなき寂しさ~

「塔」三月号・陽の当たらない名歌選その1

囲まれて花にも人にも囲まれて囲まれるとは出て来られぬこと 水越和恵
なぜかもうとりとめもなくさびしいか約束ひとつ果たしたるのち 澄田広枝
会うたびに吾が頬なでてゆく看護師(ひと)よ誉めるところなき老人なればか 二貝 芳

新宿にひとりで暮らす子の部屋の片隅にいつもチェロがあること 高松緋沙子
不運ではあつたが不幸ではなかつたと妻に言はしめ 祭壇の人 水越和恵
すりきれる強さで人をおもう日にカセットテープできいたスピッツ 山名聡美
珈琲をちかごろ無性に欲しくなるまなこの裏に渇く場所あり 紺屋四郎
お母さんと大声で呼ぶ男ありもうしばらくは生きてみようか 西藤光美
五分前に鳴る鳩時計 追い詰める言い方をしてをして正しがる人 山内頌子
忘れんぼの君ののこしたビニール傘5本はもはやふえることはない 潮見克子
素適という言葉を使うひとのこと素適にさせる素適ということば 入部英明
止められて電気料金借りにくる隣の人の皺の手のひら 斎藤雅也
散りぢりになりし仲間を思ふとき柿の落ち葉を濡らすあめゆき 斎藤雅也
鳥肉をしずめてにごるだし汁を見下ろせばそこに老嬢の顔 金田光世
馬上の風に吹かるるごとき顔をせる友より受くる結婚報告 金田光世
あああれは一年前のことだったのか夫のいないながいながい一年 吉川敬子
いろいろな少しずつを引き受けて疲弊し続けてる十一月は 塚本理加
木枯しが窓打つ夜を読み耽ける「受胎告知」は怖い絵とうを 中澤百合子
うどん屋にふわーと入るあの感じ山陰本線半自動ドア 橋本恵美
必死とはかならず死ぬといふことか雨どひに水はあふれはじめて 田中律子

      一首評

なぜかもうとりとめもなくさびしいか約束ひとつ果たしたるのち 澄田広枝

 老いのさびしさのよってきたるところは、ひたすらに人との関係性である。今日さよならと別れた友とまた明日再び会えるという保証はないのだ。ひとつの約束を果たしたさびしさは、もう次の約束を交わせられないという老いの悲しみである。とりとめもなくさびしいという表現がすこぶるリアル。そう、老いるということは、ひたすらにさびしいのだ。若き日の別れと違って、老いの別れは本当に二度と会うことはないという、胸をつく寂しさがあるからこそ成立するのだ。約束をひとつ果たす、そのことでその人間との関係が切れてしまうことをさびしく思っている作者の心情が痛いほどわかる。今、短歌の究極のリアリティのテーマは、「老い」だろう。僕はできるだけ、名歌選秀歌選で、「老い」のテーマを詠っている作品を取り上げて行きたいと思う。なぜなら、私も老いているからだ。そして、この春、さびしい別れを経験したからだ。

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