№3126 七月月間ランキング~成瀬巳喜男のリアリティ~

    七月月間ランキング ベスト8

1位 19日「ティラノ女松居一代~船越英二の不幸~」1590
2位 18日「「塔」=女歌の帝国」886
3位 27日「「塔」七月号・陽の当たらない名歌選2~絢爛たる地獄との対峙~」877
4位 14日「「短歌人」七月号会員欄秀歌選その146~誰も悼まぬ死~」851
5位 24日「十日程度の運動会の悲劇」775
6位 11日「脚本家森下佳子の実力~「おんな城主直虎」~」720
7位 30日「安部晋三~お粗末な傀儡~」689
8位 21日「「塔」7月号・陽の当たらない名歌選1」682

 七月のアクセス数は14004、訪問者数は1806人でした。

 僕の秘蔵邦画貯蔵庫には、312本のソフトが仕舞い込まれている。数からすればマニア的には大したことがないと言われるかもしれないが、その質は満天下に堂々と誇れるものだと思っている。正に、日本の文化のアーカイブと言ってもいいと自負しているのである。

 僕はあることに対して腹を立てている。およそ日本映画をラインナップしたり分類したりするとき、筆頭に上がるのは黒澤明、小津安二郎、木下恵介、溝口健二、清水宏。これらの監督はビデオ屋でもコーナーを設けられ、名前のついたブックエンドで仕切られ、特別扱いされている。しかるに、日本映画の至宝であるところの「成瀬巳喜男」コーナー。これが、ビデオ屋にも映画図書館にもないのである。柳橋芸者の没落を描いた「流れる」、愛欲という本能に流されながら戦前戦後を生き抜き敗れた男女を描いた「浮雲」。今の歌人で、小津安二郎的世界を日本の短歌にふさわしいとばかり、小津ネタで詠むやからは多いが、彼らは何もわかっていない。小津は、言うなれば俳句の世界だ。短歌の、どろどろとした納豆的世界を描いた映画監督、それは成瀬巳喜男をおいて他にない。残念ながら、成瀬映画を見る機会は誰にとっても本当に少ない。歌人は、成瀬映画を見て勉強すべきだ。昔関係のあっただけの女に、何年も連絡ひとつよこさないくせに、まだ自分を好きだろうと勘違いして借金を申し込む、虫のいい顔だけ男の見苦しさを、同性たる男でありながらかくも情け容赦なく描くことのできた日本人監督は成瀬以外におるまい「晩菊」。成瀬に比べたら、黒澤の描く男性像なんぞはまったくもって薄っぺらで、要するにジョン・フォードの劣化模倣であって話にならない。

 僕は、自分の312本のソフトを眺めて、つくづくこれこそが日本の文化の精髄だと感じ入る。その中でもやはり、成瀬巳喜男が最も日本人の日本人たる真情を描いた監督だと僕は思う。現代の日本の若者が、たとえ現代の古典を勉強したいと思っても、日本映画の精髄である成瀬映画を鑑賞できる機会はあまりにも少ない。しかし、真の日本の「ますらおぶり」(軟弱で、情けなくて、女にべったりで無責任)を理解しわがものとするためにも、少なくとも歌人たるものは成瀬映画を押さえておくべきである。女性に寄り添うがごとく、ふわふわとした言辞を弄する男性歌人の多くは実は本質はマッチョなスケコマシである。本当に女性の気持ちに寄り添いその繊細さを賛美するのであれば、皆さん成瀬巳喜男の映画を鑑賞しましょう。そして自分がどれだけダメな性の持ち主であるかを認識しましょう。そして、ふわふわとした気分だけのくだらない短歌を詠むのをやめましょう。

 日本映画を論ずる上で、成瀬映画の軽視のされかたはまったくもって異常である。これほどまでに、日本人の沈鬱で女性蔑視で男の空威張りな恋愛状況の現実を描いた作家はいない。「浮雲」「稲妻」「妻」「晩菊」「流れる」ETC.成瀬の描く情景には、日本人の真のリアリティが溢れている

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