№3124 佐久平「高峰温泉」~私だけの記録67~

 前にも一度行ったことのある温泉、長野県は高峰温泉を再訪した。11時10分上野発「あさま607号」に乗り、ほとんど満席だったが、軽井沢でどっと降りてがらがらとなった。なんでみんなそんな軽井沢が好きなのだ。軽井沢には、ソフトクリームや別荘、あるいは恋の芽生えるテニスコートなんかがあっても、肝心かなめの「温泉」がない。私にとってはなんの意味もない場所である。通は、もう一つ先の「佐久平」駅で降りる。そこから高峰温泉へバスで直行である。

 投宿するなり、夏うぐいすの盛大な声にお出迎えされる。ほーほーほけきょ、ほーほけきょ。あまりに盛大なので私は疑いを抱いてしまった。これは宿のスタッフが録音機を再生しているのではないかと。この意見は妻の爆笑を呼び、妻が露天風呂で出会った女性にそのことを話したら「んなわけないでしょうが」と呆れられたそうだ。雲上の露天風呂も素晴らしい。霧に曇っていた露天風呂からの眺望が、徐々に徐々に晴れてゆき雲の絨毯となってゆく。その切れ目から眼下に広がる佐久平と山脈の織り成す眺望はまさに絶景である。雲上の露天風呂の面目躍如である。二日目は、宿から未舗装の道を1キロほど行ったところにある高峰高原ホテルまで足を伸ばして楽しんだ。途中、トンボさんたちが私めざして群れ飛んできた。高峰高原ホテルの喫茶室は素晴らしい。佐久平とその彼方の山脈に向かってガラス窓がどかーんと広がり、まさに絶景。そこで出されるアイスコーヒーがまたうめえのなんの。ここで本を読んだら最高だと思った。しかし、なんとしたことか、ちょうど読みたい本を持ってきていたのに宿に置いてきてしまったのだ。しょうがないので今月20日締めの「塔」の出詠歌をその喫茶室で詠んでしまった。あと二首足して、九日には出詠を済ませようと思う。喫茶室の二階のレストランで昼食を摂ったが、接客の女性の感じがたいへんよかった。彼女が持ってきてくれた水を飲んで僕は思わず「うまい」とうなってしまった。彼女はにっこり笑い、「湧き水なんです」と答えた。いい笑顔だった。

  飲泉(温泉水を飲むこと)が通風と便秘に効くというので、腹がだぼだぼ言うくらい飲みまくった。翌日、便がすごい。一息ついて便座から腰を上げ、部屋に戻ったら次の瞬間にはもう催しているのだ。これには参った。高峰温泉は、避暑をかねて訪れるには最高の場所である。高峰温泉に行こう高峰秀子。カルメン故郷に帰るもこの近辺のロケである。高峰温泉は、今後も避暑の温泉地として私は訪れるであろう。この温泉に関する歌を数多く作りました。高峰高原ホテルの喫茶室はよかった。小諸の風景を見つつ、飲むアイスコーヒーが素晴らしかった。温泉こそが日本人としての最高の喜びなのである。高峰温泉は素晴らしい。

      文月再生マイビデオ

 1日 「12人の優しい日本人」1991年ニューセンチュリープロデューサーズ=サントリー=日本テレビ、中原俊
 4日 「男はつらいよ望郷篇」1970年松竹、山田洋次
 6日 「少年時代」1990年「少年時代」製作委員会、篠田正浩
https://www.youtube.com/watch?v=01gKRpKLIOg
7日 「暁の脱走」昭和25年新東宝=東宝、谷口千吉
10日 「あの夏、いちばん静かな海。」1991年オフィス北野=東通
11日 「野菊の如き君なりき」昭和30年松竹、木下恵介
14日 「大冒険」1965年東宝、古澤憲吾
https://www.youtube.com/watch?v=zK2HtDS7gMs
18日 「銀座化粧」昭和26年新東宝、成瀬巳喜男
19日 「浮草」昭和34年松竹、小津安二郎
21日 「不信のとき」1967年大映、今井正
24日 「野火」昭和34年大映、市川崑
27日 「圧殺の森」1967年「圧殺の森」製作実行委員会+自主上映組織の会、小川紳介
31日 「泣き濡れた春の女よ」昭和8年松竹、清水宏

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