№3078 「恍惚の人」今観る勇気

 1973年豊田四郎監督、「恍惚の人」を久々にDVDで見直す。複雑な気分になった。この映画は、73年の正月映画。東宝は懸念していたがそれを裏切る大ヒット。このヒットの裏にはさまざまな要因があったと思う。この当時、まだボケ老人の問題というのは社会問題になっていなかった。姑や舅が、自分がメシをくったかどうかも覚えていない人間のぬけがらになりさらに畳にクソをなすりつけるようなケダモノとなってもなお、人はそのことを表に漏らさなかったのだ。要は、ボケ老人を抱えているということ自体が家族の恥だったのだ。ボケ老人はれっきとして存在していたのに、社会がそれを小説という形でつきつけられるまで認知しようとしなかったのだ。原作者、有吉佐和子はこの現実を小説にするに当たって見事な手腕を発揮した。ボケという言葉を使わず、「恍惚」という表現としたのが素晴らしい文学的表現である。恍惚という言葉を使うことによって、読者や観客は、「ボケ老人クソまみれの惨劇」という現実をソフトに受け入れ、その背後にある凄惨さから目を背けることができたのだ。

 この映画は、あくまで痴呆の問題を介護する兄嫁高峰秀子と痴呆老人森繁久弥の絆の美しさの観点から描いている。表現はかなりリアルだが、それでも結末はそういうふうに纏めている。45年前の時代において、痴呆老人の問題はまだマイナーものだったのだ。いや、リアルな問題ではあったが、家族の恥として隠蔽されていたのだ。だからこそ、森繁の、ある種イノセントな演技に観客は笑っていたのだ。

 今、この映画を観る者は到底笑えないであろう。と同時に、こんなリアルな介護地獄映画が、1973年という大昔に作られた日本映画界に僕はリスペクトを感じる。これだけボケ老人が社会問題化している現代において、痴呆をテーマとした映画が作られないのか。また、原発の放射能の怖さがリアルな問題になっている時代に、なぜそのことを題材とした映画が作られないのか。今井正監督の昭和32年作品「純愛物語」や、「恍惚の人」をテレビ放映すれば凄いインパクトがあるだろう。要は、今現在重要なモチーフとなる題材を、映画もテレビも取り上げないということだ。情けない限りである。「恍惚の人」「純愛物語」。それぞれ、痴呆老人介護、そして被爆者の悲劇について語った素晴らしい作品だ。これらの業績を、しかし現代の制作者には過去の名作に学ぶ姿勢で見直すという気概がまったくない。「恍惚の人」は、物凄い映画だ。

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