№3076 怒りこそが「安義素日記」の原点~私だけの記録64~

 「安儀素日記」を長年に渡って書いてきた。その理由は何だという問いを受けた。僕は単純に、それはカスタム(習慣)にしたことと、読者数が毎月1500人前後いることに対する義務感からだと書いた。読者数は、最初のころは月に5000人前後いたのだが、前のプロバイダーが廃業してしまいアドレスを変えた途端に激減した。ただ、1500人前後のかたがたは、依然としてこのブログを読んでくださっている。コアな読者のかたがただ。そんな読者のためにも、私はこのブログを止めるわけにはいかない。

 と、これは表向きの理由であり、真の理由は、あまりにも私を怒らせる事象が日の本に充満しているということだ。およそ人が何かを創造するにおいてその原動力となるのは、おのれの頭脳より出づる言語活動によってこの劣悪なる世界を変化させたい、否、変化させられるという確信だろう。それは、政治における改変の意欲でもいいし、文化における進取の気鋭でもいいが、何よりも強いのは、「文学がこんな体たらくであってはいけない」という詩的憤怒だろう。

 私のごとき者の綴るこのブログに、毎月1500人前後の読者がいるということに感動を覚える。これこそが、ネットのみが証明できる正しき言論の優越だ。有名歌人の誰やらこれやらのホームページやブログやツイッターを見るがいい。誰が私ほどのアクセス数を稼いでいるか。彼らは、短歌専門誌や、結社内歌会でこそ先生センセイと持ち上げられるが、一般社会に対しては何の説得力も文学的独創性もない井の中の蛙である。この意見に対して文句があるなら、きちんとアクセス数を稼いでみろ。

 歌壇は、何年経っても駄目である。今現在、リアル世界大戦に対する緊張が高まっているというのに、ど真ん中の当事者である日本において、その状況を歌う歌人は誰もいない。相も変わらず、世界は永遠に平和で退屈で浮遊しているかのような雰囲気短歌を詠い続け、選び続けている。まるで、この期に及んで来た挑戦(仮名)の悪口を言ったもんなら歌人生命が終わるかのごときカマトトぶりだ。歌壇はもちろん、「塔」「短歌人」もこの点においては最低である。大した選者でもないのに偉そうな顔をして歌を選び、先生ヅラをしている。つまらん連中だ。S藤S藤に至っては、編集後記で偉そうに、選ぶ歌選ばぬ歌の理由をこいておられる。この大先生におかれましては選者になられてさぞかし有頂天であらせられるがよし、欣快の限りである。「短歌人」も駄目だなあ!! この結社の選歌体制も、塔と五十歩百歩でひどい。結社誌よ、綺麗事ばかりをほざいているんじゃない。

      卯月再生マイビデオ

 1日 「どっこい生きている」昭和26年新星映画=前進座、今井正
 4日 「十九歳の地図」1979年プロダクション群狼、柳町光男
 https://www.youtube.com/watch?v=y8tqnvA-oXM
 ↑「十九歳の地図」予告編
 7日 「秋津温泉」昭和37年松竹、吉田喜重
 10日 「吹けば飛ぶよな男だが」1968年松竹、山田洋次
 11日 「カルメン故郷に帰る」昭和26年松竹、木下恵介
 13日 「晩春」昭和24年松竹、小津安二郎
 14日 「大阪の宿」昭和××年新東宝、五所兵之助
 17日 「浮草」昭和34年大映、小津安二郎
 https://www.youtube.com/watch?v=uEbyIqU7_2E
 ↑「浮草」予告編
 20日 「雁の寺」昭和37年大映、川島雄三
 21日 「カルメン故郷に帰る」昭和26年松竹、木下恵介
 24日 「どっこい! 人間節」1975年小川プロ、小川紳介
 25日 「縮図」昭和28年近代映画協会、新藤兼人
 26日 「ゆきゆきて、神軍」1986年疾走プロ、原一男
https://www.youtube.com/watch?v=NbKmkzR-Nc4
↑ゆきゆきて神軍 導入部

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