№3067 「塔」四月号・陽の当たらない名歌選1~「何が切実」~

      「塔」四月号・陽の当たらない名歌選1

はるばるとながれていけよ銀河と書き山河と書きぞめしていたこども 山尾春美
待合室に声殺し叱る母のあり子も声殺し泣くを見ており 竹之内重信
いつもより少し明るい声だからもう一度聴く留守電のこえ 大森千里

チクチクとことば刺し合ひ年末の家事をこなせり子連れの娘と 澤井潤子
「おふくろさん」を聴き父が涙して突然怒鳴りしはいつだったか 井上孝治
辛らつな娘の口調その昔私が母に云ひしを悔ゆる 川村みゆき
コートごと抱きしめられればだらしなく涙は落ちぬ拭うことなく 黒沢 優
イントロを聞けばやすやすと歌ひ出づる昭和のうたよわが〈寒い朝〉 立川目陽子
左足を右手で持てば君と手をつないだ時によく似た違和感 上澄 眠
雪片をつぶてのごとく打ちつけて川吹き上ぐる北風(きた)の痛しも 冨樫榮太郎
(↑最上川)
あなたには何が切実? せんせいの声が聞こえる「何が切実」 徳永香織
東京に初雪だってとひとりごと雨戸閉めつつもう一度言う 宮地しもん
「真田丸」最終回を見終えし夜地図帳長く夫の見ており 山下和美
除夜の鐘聞かないうちに寝てしまう四時間後には家を出る夫 龍田裕子
ヒポクラテスの木と記されてまだほそし黄葉照るなか通院つづく 坂根美知子
ちり紙の濁音さみし前掛けのポッケにありし祖母のちり紙 大河原陽子
カーテンの閉まる音して、雪明かりひとりで見るには美しすぎる 大森静佳
今日こそは飲むまいと思う朝があり今日くらい飲もうと言う夜がある 春澄ちえ
冬の日を避けむと首を傾げたる角度のままに眠る助手席 小林真代
ひりひりと肌を責めくる焦燥感雪になれない氷雨のなかを 川田一路
窓際の席から埋まる喫茶店の自意識過剰なカウンター席 白水麻衣
闇を持つ人がいいなと言うむすめ二十三歳の真っ白な歯だ 中山悦子
滑舌のなめらかならざるところのみ安倍晋三を受け入れてみる 相原かろ
十四年たちて痛みは散文にかわっているよまた馬鹿と言う 佐原亜子
上田城跡公園をゆく城跡とは白の残滓とおもいさだめて 沼尻つた子
ひっそりと母が語りき下宿屋の娘と兄の叶わぬ恋を 中澤百合子
全力でない一之輔も見届けておでんはんぺんがんもをつつく 金田光世

      一首評

あなたには何が切実? せんせいの声が聞こえる「何が切実」 徳永香織

 ここで言われている「せんせい」とは、故河野裕子のことであり、生前の彼女から短歌の講義を受けた思い出を詠ったのがこの一首である。

 僕は、短歌というのは徹底的に孤独な文学であり、他者の容喙を許さないものだと思っているが、ただ、河野裕子の短歌講座は聞きたかったような気がする。あなたにとって何が切実かと問うた裕子の歌人としての純粋さが強く僕の胸を打つ。裕子はよく、歌を批判するときに、「淡すぎる」という言葉を使った。淡すぎるというのは、僕の解釈では、歌は上手くなっていても、その内容がちっとも面白くない、ということだ。裕子が田中雅子の第一歌集「令月」を強く推したその気持ちが僕にはよくわかる。「令月」とは、まさにひとりの歌人にとっての切実さの象徴であり、この名歌集が世間的になんの賞も評価も得られなかったことへの裕子の怒りが僕にはよく判る。今の歌壇は、切実さというより、方法論ばかり重視して、歴史に残るような歌を生み出そうとはまったくしていない。歴史に残すべき歌は、僕の名歌選、秀歌選にのみ取り上げられ終わるのだ。

 本当に、河野裕子の講義を一度でいいから聞きたかった。彼女はまさに、衒いのない全身歌人であったと思う。また、「何が切実」と取り上げた作者の視点も貴重である。作者も、河野裕子を愛していたのだろう。

この記事へのコメント

  • 佐藤恵子

    せんせい、はたしかに塔の至宝です。この優秀な指導者を失い塔の未来はどうなるのでしょう。彼女の血をひく 紅さん が塔をやってくれたらと思うのです。
    2017年04月19日 07:10
  • ひでお

     永田紅さんは、今河野裕子氏に喋り方も仕草もそっくりですよね。「塔」は選者指定制にすべきだと僕は思います。
    2017年04月19日 23:35