№3062 「「短歌人」四月号会員欄秀歌選その143」~ふと、だからこそ美しい~

      「短歌人」四月号会員欄秀歌選その143

居酒屋を出で来し男女が手を繋ぐふと街の灯の途切るる辺り 田上義洋
「静か」って青が争うことだという夜空と湖水はひたすら無口 戸川純子
頂点で止まったラグビーボールのやう雲のたやすく溶けぬ夜の月 宮崎稔子

カートリッジを換へてください 延命を浄水器は乞ふ しずむアルトに 桐江襟子
フランス語の響きの如く日脚伸び川面に光る小石を投げる 千葉みずほ
朝風呂にゆつたりつかり素のままに生きられぬ世を生きいそがずに 金子美恵
孤りごと「丸くなつたわネ」もう人と同じ生き方しなくてもいい 佐々木世智子
一瞬に雪に埋もれし東京にラスコーリニコフの冬を思へり 田上義洋
夫とわれ話し行き違ふに父親の肩もつ娘に傷ついてをり 鈴木裕子
湯を出でてさあこれから晩酌というときにくる幸せの味 大原 昭
きみの自由を映していいといふほどにカーブミラーが凍てついてゐる 角山 諭
入浴は人相よくするセルフヘルプ本のとおりに眼にちからあり 樹扉新市郎
かな文字の墨の匂ひのふではじめ憶良の歌に心震はせ 佐藤綾華
あぶられてのけぞるスルメ割き並べ函館の海藍限りなし 佐藤綾華
ひっそりと競馬に没頭したいなと言いたげに見える徳光和夫 椎名夕声
政治家は都民ファースト・アメリカファースト ひとりぐらしは「私ファースト」 藤原美絵
パチパチと切り落とされてまだ君に触れたことない爪の断面 鈴掛 真
父三十、母は九十七歳の遺影に問えり巡り合えたか 加藤高明
夜道街灯ほのかにあびて木の幹のあつみなき皺 なにも語らず 鈴木杏龍

      一首評

居酒屋を出で来し男女が手を繋ぐふと街の灯の途切るる辺り 田上義洋

 僕が短歌を始めたとき、すでに四十七歳という年齢だった。その年で歌を作り始めて何が悔しいかと言えば、相聞歌がぜんぜんできない、ということだ。二十歳のころから短歌をやっていれば、僕の歌は間違いなく、相聞歌だらけだったことだろう。この年になっては、恋愛の刹那の美しさを甦らせる記憶はない。結局、相聞歌ではなく、性愛歌になってしまうのだ(泣)。あの青春の日々に味わった、崇拝にも似た性愛抜きの恋愛の純粋さは、すでにこの腐ったオヤジには呼び返す術もないのである。
 掲出歌は、作者本人の恋愛ではなく、若者の恋愛を詠ったものだろう。四句目の「ふと」という言葉が素晴らしい。この二文字があるから、この歌は性愛歌ではなく、恋愛歌として読み手の心に染みてくる、街の灯が途切れるあたりで、この男女はふっと手を繋ぐのだ。性愛よりも、この二人の繋がりをまさに想像させるふとという言葉だ。この言葉には、この男女の繋がりを切実なものに感じさせる純粋さがある。ああ羨ましい。私の相聞歌ははるか彼方に消えてしまった。皆様、私のノスタルジーを刺激する相聞歌をどんどん作ってくださいませ(泣)。

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