№3053 「塔」三月号・陽の当たらない名歌選1~猫~

     「塔」三月号・陽の当たらない名歌選1

思い切り泣くことの出来た幼き日どこまでも空は突き抜けていて 林 芳子
冬の星が燃える匂いだ手を振って東京タワーを消してみせたね 藤原明美
意味のない乗り換えをしてこの夜を明日の入り口まで引きのばす 小松 岬

沖合の波のようなる銀髪のきらめき 歌人の訃報を聞きぬ 沼尻つた子
追伸としてこの冬の始まりとして川沿いを黙しつつゆく 白水麻衣
義母とふたり静かに時が過ぎる家背戸の杉の木伐採をする 吉川敬子
小さく声あげしわたしと赤子抱くひとと車窓に冬の虹見る 青木朋子
人間は年の順には行かへんよ揺られる耳に声聞こえ来る 朝井さとる
疼痛と鈍痛にいくばくの差異ありや夕雲の茜かさなりてゆく 大島りえ子
阪神大震災を知らぬ新聞にくるまれて友に貰いし土鍋は眠る 小川和恵
原爆ドームを電飾せむとふニュースあり原発の電気で点すと言ふや 立川陽目子
勇み足敗けた力士の背中揺れ塩光る 待てなかったんだ 刀根美奈子
何処までも仮名のような人たちへ本の返却促す電話 山内頌子
ゆでたての玉蜀黍の甘さ噛む友と別れた日の宵のこと 新井 蜜
七十年体にしみつく記憶あり飢えとしらみとモンペの汗と 木戸洋子
おそらくはしんどいのだろう肩上げて怒鳴り散らしている管理職 松浦わか子
この先が知らない道であることを願って角を曲がってみたい 小松 岬
一緒には連れて行けない猫であるそれが実家を出るってことです 谷口美生
作者のことを主体と呼ぶ評論をきもち悪いと思いつつ読む 荒井道子
惚れた頃の妻の写真を見なおせば八十の今も心若やぐ 石飛誠一
遺されし友のセーター一日着て脱ぐときふっと漂う未来 小畑百合子
人の死はボディーブローだ気を抜くと立ち上がれなくなる泣きながら這ふ 白石瑞紀
どん底も下から見れば明るいと昔芸人の一人が言った 金田光世
解けるのか解けざるか誰もまだ知らぬ問いあるあいだ人間は正しい 三浦こうこ

      一首評

一緒には連れて行けない猫であるそれが実家を出るってことです 谷口美生

 故郷を捨てるという大義に、友や家族、恋人などという足枷があるだろうが、実はそれは最大の問題ではないのだ。もしも実家で猫を飼っていたとしたら、猫と別れることこそが、本当に故郷を捨てるということなのだ。この歌の上句は涙がちょちょ切れるほど素晴らしい。猫はどんなに可愛がっても、どんなに懐いてくれていても、人よりも家が好きなのだ。故郷を旅立つ子どもに、猫はついて来ない。どんなにその猫を愛していたとしても、猫はただ家を出る者を見送り、その家で一生を終えるのだ。猫を題材にして詠ったこの歌は斬新である。実家を出るという現実の重みを、猫と別れるという悲しみに重ね合わせて詠った作者の視点は見事である。名歌だ。

この記事へのコメント

  • たまねちゃんのママ

    こんにちは。猫のお歌、いいですね。この作者はご家族のいらっしゃる、お若い方なんでしょうね。猫は家につく、と言いますが、必ずしもそうではなく、一人暮らしや、家族全員で引っ越す場合には、一緒に連れて行かれるべき存在です。最初、慣れないので落ち着きませんが、そのうち慣れてきます。猫については、もっと書きたいのですが、またの機会に!
    黒田さんの他にも歌人の方のブログを拝見させていただいてますが、私が拝見しているブログには、たいていたまにしかコメントありません。
    松村正直さんのブログだってそうですし・・・。
    2017年03月23日 17:24
  • ひでお

    コメントありがとうございます。実はこの猫の歌は、巣立って行く子ども本人ではなく、それを見送る母親の立場で詠まれたものなのです。この一首だけ読めば、去っていく子どもの立場で詠んだもののように思われるでしょうが、実は子どもに去られる親の歌なのです。そのことを踏まえて読めば、また違った感想を抱かれるのではないでしょうか。猫はクールなようにでいて、本当はとても淋しがりやの動物です。1月20日に逝ったうちのみみ太も、そうでした(泣)。
    2017年03月24日 23:38
  • 谷口美生

    黒田英雄さま
    このたびは私の歌を取り上げていただきありがとうございました。励みになります。
    2017年04月15日 10:59
  • ひでお

    >谷口様 掲出歌は、視点の鮮やかな見事な歌だと思います。猫という言葉を使って母親の気持ちをリアルに表現している、真情溢れる歌だと思います。僕は、真情溢れる歌を求めて名歌選、秀歌選をやっているのです。
    2017年04月15日 23:38