№2536 「塔」11月号・陽の当たらない名歌選2~ほめられなくていい~

      「塔」11月号・陽の当たらない名歌選2

ラーメンはひとりで食べにゆく夫が饂飩のときはわたしを誘う 倉谷節子
しあわせな歌が詠みたい誰からも全然ほめられなくていいから 田宮智美
また別の顔を見せをり花火の日は何かやさしくものを言ふ人 福田恭子

すれちがふこの人「人間(ひと)を殺したい」と思ふてゐるやも知れず 猛暑日 古屋冴子
打つ手なく抗癌剤切るという医師の夫の震える指先を見ず 一色さくら
老いてなほ忘れずイヤリング付けてをり痩せたる頬より目を逸らす術(すべ) 岡崎富貴恵
太陽がゆつくり落ちてゆくやうだ試着が終わるまでの頬杖 香西柚茉
子を愛せぬと言ひ来し母の無機質の語調耳朶にあり床に入りても 田邊ひろみ
微力にはあれど無力にあらずとの語句また思う楡に寄りつつ 大出孝子
「原発ノー」のシュプレヒコールに入り混じり夫の悪口を叫ぶ人の声 北野中子
死したれば胸に入れたるICDとり出すときく死体のあはれ 北村美代子
いつだって友達だよと笑いつつ一番大事なことを言わない 久保まり子
花みずき日向の裏に日陰あり読み取り難し人の心は 小圷光風
綾瀬から北綾瀬までの五分間今までなぜか乗ったことない 塩原 礼
ヒラのまま定年なりと笑み浮かべ友はアカハタ置いてゆきたり 富田小夜子
日常を離れんとして行く旅の鞄に日常のあれこれを詰める 福田恭子
出し昆布の袋さはればけそけそと老爺の笑ふやうな音する 久川康子
若き日の吉永小百合の口調もて夫を叱りぬハキハキせよと 清原はるか
アドエアーを吸おうとしても息できず救急車を待つ間の苦しさ 柴田匤志
窓の外に馬の親子がいつもいたそんな景色は四十年前 芳賀直子
半分は切り取られたる父の文知りたき文字の軍事郵便 金原華恵子

      一首評

しあわせな歌が詠みたい誰からも全然ほめられなくていいから 田宮智美

 この一首に、長い間佇んでしまった。いや、まったくおっしゃる通り。私も、しあわせな歌が作りたいとつくづく思う。私が作ってきた喜びの歌は、競馬で勝ったときのことぐらいだ。あれだってギャンブル、本当の幸せかどうかはわからない。悲しいかな、韻律というのは、喜びよりも悲しみを掬う形なのであろう。私も、入院したあの絶望の気持ちに救いを求めたのはこの韻律だった。人は悲しいから、短歌を作るのである。嬉しいときに、誰が韻律を考えようか。ただ喜べばいいのである。短歌とは、悲しみの器であり、だからこそ今に生きているのだ。下句がいじらしい。そうなんですよ、だ~~~れもほめてくれなくてもいいから、しあわせ絶頂の歌が作りたいですね。ただ、しあわせは歌にはなりません。残念ながら。単純だが、永久(とわ)に頭にこびりつく名歌だと思う。

この記事へのコメント

  • 小川良秀

    太陽がゆつくり落ちてゆくようだ試着が終わるまでの頬杖   香西柚茉

    たしかにそうだね、あかあかと燃えるおおきな陽のまんまるは女のしやわせを真赤にしてくれる、そんな試着の時間。あれこれと頬杖しながら夢の世界に遊ぶのだ。終わる、は、終はる、でなかったかな。
    2014年11月29日 14:36
  • ひでお

    全然違います。
    2014年11月29日 23:40
  • 小川良秀

    太陽がゆつくり落ちてゆくやうだ試着が終はるまでの頬杖
    2014年11月30日 14:46
  • ひでお

    仮名遣いのことを全然違うと言ったのではありません。あなたの読みのことです。
    2014年11月30日 22:20
  • 小川良秀

    この歌の黒田君の読みをたまわりたい。歌は限界のない学習だから。
    2014年12月01日 23:53

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